ピアノの音が聞こえてくる本

「蜜蜂と遠雷」を読んで

直木賞、本屋大賞W受賞をし、一躍有名となった「蜜蜂と遠雷」。約500ページの一冊に詰め込まれた、読んだ人に感動を与えてくれるすごい本だと思った。

 養蜂家の父と各地を回る16歳の少年・風間塵や、ほか主に3人が主役となってピアノコンクールを舞台に繰り広げるピアノの戦いが熱かった。ピアノを触ったことのない人でも、伝わってくる緊張感とピアノの素晴らしさが感じられる今までに感じたことのなかった感覚だった。

 物語中に様々なコンクールで弾かれる曲の題名が出てくるのだが、たとえ聞いたことがない曲でも、どんな曲か伝わってくる文章と表現には驚いた。実際に耳でその曲を聴きながら本を読んでいると、まさにその場所に居て聴いているような感覚になり、より楽しめた。音楽の作り出す風景が描き出され演奏している場面なんかでは、その風景の中に自分も連れていかれて音楽を聴いているような気分になった。

 しかし、それだけでなくピアノを演奏している人物の背景が心にグッとくる。どんな気持ちでピアノを弾いているのか、その過去や努力経験など様々な要因があり、それがまたこの物語を豊かにしている。

 特に、物語の重要人物である栄伝亜夜という彼女の背景とピアノの演奏には涙した。かつて、天才少女としてジュニアコンクールを制覇していた彼女が母親が亡くなってからピアノを長いこと弾いていなかったが、ある人物の誘いで20歳でコンクールに出場することになった。そんな復活劇のコンクールで弾く彼女の演奏は涙を誘ってくる。

 一人称でありながら、様々な人物から描かれる音の表現、感想が物語を深く理解させていた。音楽という耳で聴かないと分からない題材を、あえて文字という表現で描かれたこの作品。想像しながらも、楽しめ、感動した。文章という表現方法には限界があるのではないかと思っていたが、そんなことは吹き飛ばしてしまうような良い作品だった。

*蜜蜂と遠雷 恩田陸 幻冬舎*

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