巡り行く春 (3)

「秋」

衣替えの季節が来た。私は体を紅く染上げ、お洒落をする。赤ワイン色の光沢は周りの風景と調和し、緑の絨毯とのコントラストがよく映える。

真紅に萌え上がった後は、やがて死期を悟ったように自然と落ちていく。私はこの感じが一番好きだ。切なさと共に静けさの訪れを知らせてくれるこの季節が。

学生服を着た赤髪の少年が同じ年ごろの少女と並んで木陰で昼寝をしている。

紅葉が広がる青空からパタパタと忙しなく羽を動かし、私の肩に留まったのはセキセイインコだった。

「だいぶ離れた街まで行って来たよ」

セキセイインコの声には張りがあり、体が少し膨よかになっている。毛並みも一段と艶を出しているように見える。

「そこの街はここみたいに長閑な街だったよ。そこに住む人間は親切で、俺に食べ物をたくさんくれたんだ。もうここに住んでしまおうかって、思うくらい快適な街だったよ」

栄養過多な体が喋るたびにプルプルと揺れる。

「そこで今度は違う仲間に会った。名前を聞いたらオウムって言うらしいんだ」

オウムはセキセイインコより幾分も大きいらしい。白色の羽を持た、セキセイインコなんかより遥かに太いくちばしがあるのだと言う。セキセイインコは興奮気味に羽を羽ばたかさせている。

「そいつは、俺なんかよりこの世界のことを知っていたよ。地の果てだと思っていた海の向こうには、他の陸があるんだと。俺は知らなかった……」

私も長いこと生きているが、他の陸があることは知らなかった。その話には少し興味が湧いた。

「俺はまだまだ見ていない景色があるのを知って、恥ずかしくなった。転々と旅をして、自分は結構もの知りな鳥の部類に入ると思っていたからな。でも、上には上がいるんだな」

セキセイインコのプライドは高い。それは、自分でも分かっているようであった。しかし、今回ばかりは勝てなかったらしい。自分の負けを認めている。このセキセイインコにここまで言わせるとは、オウムとはどんな鳥なのだろうか。

「オウムの丸くて小さな眼が俺を見てくるたびに、全てを見透かしているような錯覚に陥るんだ。これが格の差なんだと気づいたよ」

セキセイインコは恐怖に晒された子犬のような眼をしているが、そこにはただ怯えるだけではなく、どこかに希望を探しているギラついた黒点に見えた。

「だいぶ歳を取っていたが言葉ははっきりとしていたよ。あんなに長生きする鳥は初めて見た。きっと、俺なんかよりすごいものを見てきたに違いないんだ」

セキセイインコの目には憧れと尊敬の眼差しが含まれている。

「今度はあのオウムに付いて行こうと思う。彼に付いて行けば俺はもっと大きな世界が見れる気がするんだ。だから今度、なかなか帰って来れない場所まで飛んで行く。そう、気を落とすなよ。必ず帰って来るさ」

落とす肩なんてないのに、なんだか少しだけ肩がずしりと重くなったような気がした。

冬の訪れはもうすぐだ。悟ったように凪いだ風は冷たく、音も無かった。


セキセイインコの話を楽しみに待っていた自分がいたことに気づいたときにはもう、小さな体は消えていた。


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