放課後の硝子窓 (3)
今日の研修が終わり、延々にも思われた事務作業ももうすぐ終わる。時刻は午後五時を回ろうとしている。生徒たちは既に下校を始めている。放課後の時間。疲れ切った肩を回し、背伸びをする。
集中力も切れ、少し休憩しようとした時、あることに気づいた。いつも持ち合わせている筆記用具入れに付けていたキーホルダーがないことに。机の周りを調べてみても見つからない。今日これを持ち歩いたのは、朝の理科室での研修でメモするためくらいだ。廊下に落とした可能性もあるが、理科室にも寄ってみよう。席を立ち、二つ隣に座る川俣先生のもとに行く。
「川俣先生。理科室に忘れ物をしてしまったようで、取りに行ってもいいですか?」
「いいぞ」
先生は胸ポケットから鍵を取り出した。
「でも、今の時間は出るかもな」
また、今朝のことで私をからかっている。私は鍵を受け取ると職員室を後にした。
「開けるときは気をつけろよ」
背中越しに声をかけられたが、無視してやった。
理科室は職員室を出て、廊下の突き当りに位置する。落としてしまったキーホルダー。あれは私の思い出のものなのだ。見つけないと絶対に後悔する。私は廊下に落ちていないか注意しながらも、急ぎ足で向かった。そして、理科室のドアが見え始めたとき、気づいてしまった。ドアの硝子窓に映る、人影。
「わっ‼」
驚き隠せず、声が出てしまった。明らかにに誰かがいる。しかし、人影が動く気配はなかった。
「誰⁉」
返事はない。
「出てきなさい!」
悪ふざけをしている生徒かも知れない。
「勝手に入っちゃだめでしょ!」
虚しく私の声だけが廊下に響く。
「出てこないなら、開けるよ」
ゆっくりとドアに近づき、取手に手を掛ける。しかし、開かない!そうだ、鍵は私が持っている。しかも、理科室の鍵はこの一本。今朝、窓閉めはしっかりしたから、どこからも入れないはず。頭によぎる噂話。
「「理科室の幽霊」」
まさか、そんなオカルト話なんて存在するはずがない。生徒たちのだだの噂話。信じてなんかいなかった。でも、目の前にその現象が起きている。一瞬思考が止まる。怖いのか。いや、大丈夫。科学に証明できないものなんてない。そのはずだ……。
額に汗をかいているのが分かる。動揺しつつも、私は鍵の入っているポケットに手を入れていった。確かめなくては。ここで引き下がれない。鍵を錠に差し込み、回す。カチッという音がした。そして、ゆっくりとドアを引く。
「っ……」
言葉が出なかった。自分の息を飲む音が聞こえるほど、身体が固まっていた。
「なんでこんなところに……」
辛うじて出てきた言葉には怖さと驚きが入り混じっていた。なにせ、私の目の前に人体模型が現れたのだから。
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