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4月, 2019の投稿を表示しています

巡り行く春 (5)

「巡り行く春」 蕾が芽吹き、軸が伸びていく。そして、小さな花が咲き始めた頃。小さく丘陵地になっているこの地帯は、子供たちの賑わう声でいっぱいである。駆け巡る風が、暖かい春の匂いを遠くへ飛ばしていく。 「こんなにも小さくなっちまって……。ただの切り株じゃないかい」 綺麗な丸形の切り株には防腐剤が塗られ、塗料でコーティングされている。 幅5mはある切り株にはたくさんの子供たちが座っていたり、上に乗って遊んでいる。 「あんたも歳だったからなぁ。ここ一帯の土地が開発されて、遊園地になったって風の噂で聞いていたがあんたがこんな姿になっているとは思わなかったよ」 セキセイインコの背中は小さく震えている。 「でも、あんたはたくさん子供たち一緒に居られるんだから良いのかな?ずっと誰かの側に居たかったような顔してたからな」 一人の男の子が切り株の上で踊っている。老木の跡は若い世代の集いとして活躍をするのだろう。 「この小さな体で一羽、自給自足の生活というものは大変だし、俺を嫌う人間や生きるには厳しい環境があることも知った。でも、美しいものもたくさんあることも知った」 セキセイインコは記憶を巡らせる。たくさんのことを語った。しかし、一度として会話が成り立ったことは無かった。 「なぁ、あんたはここに居て何を思っていたんだ?俺の話を聞いて楽しんでくれていたのか?話し相手がいない俺にとっての拠り所だったあんたがいなくなっちまったんだ」 頬に伝うものがあるように感じた。切り株の縁に止まっての独り語り。きっと側から見れば滑稽だろう。しかし、セキセイインコは何故だかこの老木が話を聞いてくれているように感じていたのだった。 「俺はあんたがいたからいつでも戻ってこれる故郷のようなものをここに感じていたんだ。あんたがいなくちゃ何処にも行けねぇ……。俺も歳だ。そろそろ旅も終わりにしようと思う」 子供たちを照らす陽の光は傾き始めている。 マイクスピーカーから軽快な口調で男の声が響いた。 「このまちの出身である、若くして都市開発に従事しているあのキング博士が寄

巡り行く春 (4)

「冬」 辺りは白に包まれている。照り返す陽光が雪の白さを増して眩しい。 乾いた空気に澄み渡る青空からパタパタと忙しなく羽を動かし、私の肩に留まったのはセキセイインコだった。 「やぁ、元気してたかい?」 しばらく見ない内に、少し体が大きくなっている気がする。しかし、セキセイインコの逞しくなった体にはいくつもの傷跡が残っている。羽が抜けているところもあるようだ。過酷な旅路だったことを物語っている。 「だいぶ傷んでるだろ?俺の体。だいぶ酷使したんだ」 セキセイインコは自分の体を労わるようにくちばしで自分の背中を撫でている。 「隣の国まで行って来た。流石に遠かったな」 隣の国。どのくらい遠いのか想像が付かない。 「隣の国に行って、俺は息苦しくなっちまった。酸素が薄いって言うのかな。とにかく無機質な国だと俺は思ったよ」 しがみつくように枝先に付いていた枯葉がゆっくりと落ち、セキセイインコの前を通り過ぎる。 「それで、国の中を廻っていくうちにある重要なことに気づいたんだ」 枯葉は乾いた風に呆気なく飛ばされていく。 「自然の緑がなかった……。緑が無ければ、動物もいない。居るのは人間だけ」 枯葉はもう見えない。人間だけの国。自分たちのような動植物が取り除かれた国。枯葉のように捨てられた。 「オウムは以前にも来たことがあるみたいで、少しだけその国の話をしてくれたんだ」 セキセイインコはオウムの話を掻い摘んで話してくれた。 「そこの人間たちは、どうすればもっと楽に生きることが出来るのか考えた。そこで生活のほとんどを機械に任せるようにしたんだ。次第に機械は増えていき、人工の国と成り果てていった。食糧は動植物が居なくても科学の進歩で栄養を十分に取れるようになったらしい。まさに、鉄の国。灰色で、陰気臭い国になったとさ。俺には場違いなところだったな」 セキセイインコの話はこの世の物ではないように聞こえた。しかし、今までの付き合いからセキセイインコが嘘を言って面白がるような奴ではないことは知っている。

巡り行く春 (3)

「秋」 衣替えの季節が来た。私は体を紅く染上げ、お洒落をする。赤ワイン色の光沢は周りの風景と調和し、緑の絨毯とのコントラストがよく映える。 真紅に萌え上がった後は、やがて死期を悟ったように自然と落ちていく。私はこの感じが一番好きだ。切なさと共に静けさの訪れを知らせてくれるこの季節が。 学生服を着た赤髪の少年が同じ年ごろの少女と並んで木陰で昼寝をしている。 紅葉が広がる青空からパタパタと忙しなく羽を動かし、私の肩に留まったのはセキセイインコだった。 「だいぶ離れた街まで行って来たよ」 セキセイインコの声には張りがあり、体が少し膨よかになっている。毛並みも一段と艶を出しているように見える。 「そこの街はここみたいに長閑な街だったよ。そこに住む人間は親切で、俺に食べ物をたくさんくれたんだ。もうここに住んでしまおうかって、思うくらい快適な街だったよ」 栄養過多な体が喋るたびにプルプルと揺れる。 「そこで今度は違う仲間に会った。名前を聞いたらオウムって言うらしいんだ」 オウムはセキセイインコより幾分も大きいらしい。白色の羽を持た、セキセイインコなんかより遥かに太いくちばしがあるのだと言う。セキセイインコは興奮気味に羽を羽ばたかさせている。 「そいつは、俺なんかよりこの世界のことを知っていたよ。地の果てだと思っていた海の向こうには、他の陸があるんだと。俺は知らなかった……」 私も長いこと生きているが、他の陸があることは知らなかった。その話には少し興味が湧いた。 「俺はまだまだ見ていない景色があるのを知って、恥ずかしくなった。転々と旅をして、自分は結構もの知りな鳥の部類に入ると思っていたからな。でも、上には上がいるんだな」 セキセイインコのプライドは高い。それは、自分でも分かっているようであった。しかし、今回ばかりは勝てなかったらしい。自分の負けを認めている。このセキセイインコにここまで言わせるとは、オウムとはどんな鳥なのだろうか。 「オウムの丸くて小さな眼が俺を見てくるたびに、全てを見透かしているような錯覚に陥るんだ。これが格の差なんだ

巡り行く春 (2)

「夏」 ムズムズする。体が熱く、活発に動いている。今年も全身を緑色でコーディネート。毎年同じ色だけれど、これが私のパーソナルカラーなのだ。 相変わらず暑い日は続き、体の水分は着々と無くなっている気がする。しかし、一向に陽は昇り燦々と辺りを照らす。陽を避けるものもないから、真っ向から浴びる光は眩しすぎる。 赤髪の男の子がボールを蹴って遊んでいる。今日は他にも同じ年頃の子も一緒にいる。仲直りしたのかな?数日前に目の周りを真っ赤にして飛びついてきた少年は、また一つ成長したようだ。足腰のしっかりとした蹴りはボールを勢いよく彼方へと飛ばす。 ジトジトとした青空からパタパタと忙しなく羽を動かし、私の肩に留まったのはセキセイインコだった。 「ここは涼しくて良いねぇ」 緑のカーテンに隠れるようにセキセイインコは顔を隠す。 何処に行っていたんだい? 「ちょっと隣の街までひとっ飛びして来たんだ。もう俺の庭みたいなものだ」 朗らかに笑う顔の裏には、経験の余裕がある。 「隣街のジジイは俺に石を投げて来るんだ。屋台前に美味しそうなリンゴがあったから食べようとしたら、あっち行け!って石を投げて来たんだ。ずっとそこに置いてあって、誰も取らないから俺が頂こうとしただけなのになぁ」 セキセイインコは顔を真っ赤にして怒っているリンゴ売りの店主の顔真似をしながら訴えてくる。 きっとそれは人間のいう市場だろう。迷惑な鳥に店主も捕まったものだ。 「しかも、ここんところ雨も降らねーのに貴重なリンゴを食べられてたまるか!食ってやる!って必死に俺を追いかけてくるんだ。人間の脚じゃ飛べもしないのにな。嘲笑いながら逃げてやったよ」 焼き鳥にされてしまうセキセイインコを想像してぞっとした。最近の人間の世界は物騒なのだな。 「それから、仲間にもあった。しかも、たくさん居たんだ。10箱くらいの鳥籠に一羽ずつ。俺と同じ年頃のセキセイインコが、鳥籠の中で心地良く寝ていたんだ。それを見ていたらさ、なんだか2年前の、のほほんとして行きていた自分と重なっちまってよ」 一拍おい

巡り行く春 (1)

「春」 春一番の風を感じたとき、私はまだ裸であった。寒さがまだ残る中、そよぐ風が心地よい。眼下では腰の背丈ほどの赤髪の少年が髪を靡かせ、夢心地でいる。額には大きな絆創膏を貼っている。 小さな丘陵地となっているここには、私だけがひょっこりと頭を出して伸びている。周りには何もなく、ただ短い草花が広く茂っているのみである。 離れには小さな町があり、流通が盛んであるが、ここだけはゆっくりとした時間が流れているように感じる。平穏な静寂と遠くから聞こえるてくる鳥の鳴き声。 温かさを匂わせる青空からパタパタと忙しなく羽を動かし、私の肩に留まったのはセキセイインコだった。 また来たのかい。 「やあ、元気にしてたかい?あんたはここから動けないんだから、暇つぶしに来てやったぞ」 そう言葉を放つセキセイインコの横顔には笑みがこぼれている。 「数日間、この街を探検してきたんだ。飼われていた家の周りからその周辺の住宅や畑、走っている車の多さ、知らない人間同士の会話。何もかもが面白い!」 出てくる一つ一つの言葉に熱を帯びているのを感じる。まくし立てるような話し方は自然と耳を傾けてしまう。 「隣の家に忍び込んでみたら、赤毛の男の子が居たんだ。俺はみーちゃんからその赤髪の男の子の話を聞いていたんだ。からかって来たり、何かと意地悪をしてくるってね。だから俺はちょっとだけそいつに仕返しをしたんだ。みーちゃんの代わりにね。その子の額をちょっとだけ突っついてやったんだ」 くちばしを上機嫌に上下に動かし、武勇伝のように語る。みーちゃんのことになると熱くなるようだ。 「そしたら、そいつ泣き出しちまってよ。そんな強くしたつもりはないんだがな。泣き声を聞いた母親が扉から勢いよく入ってきて焦ったよ。だから、俺は逆に開いていた窓から飛び出したんだ」 その子の母親は相当怒っただろうに。捕まっていたらどうなっていたか……。 「俺の華麗な飛行で無事に逃げられたんだ。凄いだろ」 悪いことをしたとは思っていないらしい。反省の色はない。 「それから、みーちゃんの学校にも行

放課後の硝子窓 (4)

  キーホルダーは小さな棚の上に乗っていて、簡単に見つかった。誰かかが見つけて置いといてくれたのだろう。颯爽と職員室に戻ったら、川俣先生に外に連れ出された。校庭に出ると、生徒たちはとっくに帰宅していて、ほのかに吹く風に揺れ、擦れ合う葉の音だけが聞こえる。先生は隅に忘れられたように置かれているベンチに腰掛ける。私も隣に座る。 「なんで、教えてくれなかったんですか?」 「その方が、面白いだろう」 理科室に現れる幽霊。それは、人体模型と擦り硝子が作り出すものだった。ただの硝子ではなく、擦り硝子。学校という施設は子供の安全を考え、手の届く範囲の硝子は割れにくい擦り硝子を採用することが多い。そのため、理科室のドアの窓硝子にも擦り硝子が張られていた。そして、この擦り硝子というのは硝子のように透明ではないため、向こう側がほぼ見えない。しかし、ほぼ見えないのであって、ある程度近づくと、反対側からはぼんやりと形が見えるのである。 「面白くないですよ、めちゃ怖かったんですから」 「すまん、すまん」 先生は面白がっているのか、笑っている。なんだか、いつもの先生ではないみたいは表情だ。 「これ、誰にも言うなよ。じゃないと噂の意味がないからな」  外に連れ出したのもこの話が、他の先生にばれないようにするためか。 「何であんなことしているんですか?」 「面白いからさ。学校には怖い話が一つや二つあるのが定番だろ。でも、この学校はその類の話がなかったから作ったってわけさ」 簡単な答えだった。「「理科室の幽霊」」はそんな簡単な理由で姿を現していたのか。ちょっとがっかりしたが、安心もした。 「それに、うちの学校の理科室は、なるべく授業以外は生徒を近付けないようにするように上から言われているからな。理科の先生としては寂しいもんだから、噂話にでもして理科室に興味を持ってもらおうとしたのもあるな」  先生の声色はどこまでも穏やかだが、その話には引っかかるものがある。 「それって……」 私のいた頃にはなかった噂話を作るようになった理由。いや、本当は分かっている。先生が噂話を作るきっかけになったことも、理科室が生徒たちから遠ざけられている理由も……。今の雰囲気なら聞ける気がする。そうであってほしくない。でも、聞かずにはいら

平成最後のおすすめ本

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平成もとうとう終わります。 そこで、個人的に良かった平成最後のおすすめ本を発表します。 第5位 「グラスホッパー」 ドキドキ感が止まらない! 現実にありそうで非現実な世界観が面白い! 第4位 「空飛ぶタイヤ」 社長の社員を守るという意志と飛んだタイヤの原因を突き止め戦う姿がカッコイイ! 第3位 「ルビンの壺が割れた」 作中ずっとメールのやり取りで進んでいくという斬新な読み物だった。衝撃なラストで一発逆転! 第2位 「羊と鋼の森」 調律師という職にスポットを当てた作品。人を支えている職業の素晴らしさを感じられる! 第1位 「砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない」 衝撃を受けた作品!子ども目線で描かれる世の中の不幸。とにかく泣ける! 随時以下のTwitterで読了ツイートをしています。良かったら、フォローをお願いします! https://twitter.com/totitotiblog